
南無妙法蓮華経と唱える者は、法華経の行者である。その者が、心が不実であっても、智慧がなく愚かであっても、また種々の不浄な行いがあっても、諸々の戒による徳がなくとも、題目を堅く信じて唱える者は必ず菩薩、諸天、十羅刹等が、法華経の恩徳を報ずるために守護されるのである。
(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 37ページ)
令和7年10月26日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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【令和4年から】★成人式
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令和8年8月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち天野御住職より、読経および唱題について「お経も長いこと信心している間に、いつの間にか変なクセがついてしまうことがあります。そこで総本山教学部として、日蓮正宗の正しい勤行の仕方の手本をインターネット上に公開しております。ですので皆さんもぜひ参考にしていただき、また家族の中でチェックし合う等して、正しく勤行ができているか確認していただければと思います。」等と御指導され、そののち『報恩抄』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要等について述べられ、「今の時代に生きる私たちは、大聖人様からの血脈を受け継がれた時の御法主上人、日如上人猊下の御指南のままに信行に励むことが最も大切です。頻発する自然災害や混沌とした世界情勢、それら一切の根本原因は、大聖人様、御法主上人猊下御指南のとおり、すべて法華経誹謗の謗法にあります。その御指南をいただく私たちは、〈一年に一人が一人の折伏〉成就に向かって励むことこそが、大聖人様乃至御歴代上人、御当代日如上人猊下の大恩に報いる道であると拝します。」等との御指導をいただきました。
『報恩抄(ほうおんしょう)』
建治2年7月21日 55歳
日蓮が慈悲曠大〔こうだい)ならば南無妙法蓮華経は万年の外(ほか)未来までもながる(流布)べし。日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄の道をふさぎぬ。此の功徳は伝教・天台にも超へ、竜樹・迦葉にもすぐれたり。極楽百年の修行は穢土(えど)の一日の功に及ばず。正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか。是はひとへに日蓮が智のかしこきにはあらず、時のしからしむるのみ。春は花さき秋は菓(このみ)なる、夏はあたゝかに冬はつめたし。時のしからしむるに有らずや。
(御書1036頁14行目〜18行目)
■お経日(1日) ■広布唱題会(6日) ■御難会・御逮夜御講(12日) ■御報恩御講(13日) ■秋季彼岸会(20日・23日) ■第2回 持経寺支部総登山(27日)
令和8年9月27日、天野御住職の御引率のもと、『令和8年 第2回持経寺支部総登山』が挙行されました。
当日は雨模様の天気予報ながら雨天とはならず、暑さも和らぎ過ごしやすい中での御登山となりました。午前10時より全体会が行われ、天野御住職より『富本殿御書』を引用されての御指導をいただきました。引き続き布教講演を拝聴ののち昼食を皆でいただき、そして午後1時30分からの御開扉終了後、休憩坊に戻って天野御住職様より『四条金吾殿御書』を引用されての御指導をいただいたのち記念撮影が行われ、本年第2回の支部総登山の一切を無事に終了いたしました。
『富本殿御書(ときどのごしょ)』
建治3年8月23日 56歳
我が門家は夜は眠りを断ち昼は暇(いとま)を止(とど)めて之を案ぜよ。一生空しく過ごして万歳(ばんさい)悔(く)ゆること勿(なか)れ。
(御書1169頁)
『四条金吾殿御書(しじょうきんごどのごしょ)』
建治4年1月25日 57歳
されば海にあらざればわかめなし、山にあらざればくさびら〔茸〕なし。法華経にあらざれば仏になる道なかりけるか。
(御書1197頁2〜3行目)
令和8年9月20日および23日、それぞれ午前10時と午後1時の計4回に渡り、秋季彼岸会が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題(午前10時の回は折伏強化月間唱題行)と如法に厳修され、そののち天野御住職より『法蓮抄』の御文を拝読申し上げ、「彼岸会の意味は、迷いの娑婆世界である〈此岸(しがん)〉から、亡き諸精霊方を〈悟りの彼岸〉に渡らせることです。そのためには、願い出の方々が自ら正しい御本尊様に読経・唱題し、お塔婆を建立して功徳善根を積み、その功徳をお焼香と御祈念によって亡き諸精霊方に回し向かわしめることです。大聖人様の『十王讃歎抄(じゅうおうさんだんしょう)』に御教示のとおり、本日皆さんが積まれた功徳の七分の一が亡き諸精霊方に、残りは皆さん方に行き渡ります。ご先祖皆さんの御回向であるとともに、その功徳の大部分は皆様方に巡ってくるのです。」等と述べられ、『法蓮抄』の御文の通解ののち、「大聖人様御在世当時の御信徒の姿を手本として、今に生きる私たちも正しい仏法をもって親孝行に努めていくことが大切であるということを、本日の御文から学んでいただき、今後もさらなる信心倍増と知恩報恩に努められますようにお願いいたします。」等と御法話を結ばれました。
『法蓮抄(ほうれんしょう)』
建治元年4月 54歳
法蓮法師は毎朝口より金色の文字を出現す。此の文字の数は五百十字なり。一々の文字変じて日輪となり、日輪変じて釈迦如来となり、大光明を放って大地をつきとをし、三悪道無間大城を照らし、乃至東西南北、上方に向かっては非想非非想へものぼり、いかなる処にも過去聖霊のおはすらん処まで尋ね行き給ひて、彼の聖霊に語り給ふらん。我をば誰とか思(おぼ)し食(め)す。我は是汝が子息法蓮が毎朝誦する所の法華経の自我偈の文字なり。此の文字は汝が眼とならん、耳とならん、足とならん、手とならんとこそ、ねんごろに語らせ給ふらめ。其の時過去聖霊は我が子息法蓮は子にはあらず善知識なりとて、娑婆世界に向かっておがませ給ふらん。是こそ実の孝養にては候なれ。
(御書819頁16行目〜820頁4行目)
令和8年8月9日の午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、御法話に先立ち天野御住職より「本日は120名ほどの方々が参詣されていますから、皆さんの目標である〈一人が一人の折伏〉を成就されれば、本年の折伏誓願は達成できます。それは、皆さん一人一人がやる気があるかないか、そこにかかっているのです。やる気があれば、必ずどこからか折伏成就の縁が現れてまいります。その気持ちがあるかどうかが皆さんの御信心であり、そのように必死に折伏に取り組んだ功徳はとても大きいのです。」等と御指導をいただき、そののち令和8年9月度・御報恩御講拝読御書『開目抄』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要および『人本尊開顕の書』としての重大な意義等について述べられ、「発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)とは、垂迹(すいじゃく/仮の姿)をはらって本地を顕すということで、〈頸はねられぬ〉とのお示しにより、凡身という迹をはらって、主師親三徳兼備・久遠元初の御本仏としての本地・真実のお姿を顕わされているのです。」等と述べられ、さらに「日顕上人様は、『信心が拙い者は、前々から約束してあったことを、ここぞという肝心な時に忘れてしまう。あるいは忘れなくても、志が弱いためにその実行ができないということでございます。我々の成仏不成仏ということは、この一点にかかっておるのでございます。』と御指南あそばされています。即ち、我々の御信心にすべてがかかっているのです。私たちの境涯を開くためには、唱題と折伏が大事です。そして折伏は、こちらの言いたいことをまくし立てても話が通じません。相手の話をとことんまで我慢してよく聞いてこそ、こちらの話を聞き入れてもらえるようになるのです。」等と述べられ御法話を結ばれました。
また御報恩御講終了後、各総地区ごとに集まって座談会が開催されました。
『開目抄(かいもくしょう)下』
文永9年2月 51歳
日蓮といゐし者は、去年(こぞ)九月十二日子丑(ねうし)の時に頸(くび)はねられぬ。此(これ)は魂魄(こんぱく)佐土(さど)の国にいたりて、返(かえ)る年の二月雪中(せっちゅう)にしるして、有縁(うえん)の弟子(でし)へをくれば、をそ(怖)ろしくてをそろ(恐怖)しからず。み(見)ん人、いかにをぢ(怖)ぬらむ。此は釈迦(しゃか)・多宝(たほう)・十方(じっぽう)の諸仏(しょぶつ)の未来(みらい)日本国(にほんごく)、当世(とうせい)をうつし給(たま)ふ明鏡(めいきょう)なり。かたみ(形身)ともみるべし。
(御書563頁10行目〜12行目)
竜ノ口法難(昭和五十六年 宗祖日蓮大聖人第七百御遠忌記念『日蓮大聖人御一代絵圖』より)
令和8年9月12日、午後1時より、御難会(ごなんえ/竜ノ口法難会)が持経寺本堂において奉修されました。御難会は文永8年9月12日、宗祖日蓮大聖人の竜ノ口(たつのくち)の法難を期して、御報恩謝徳申し上げる法要です。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修されたのち、御法話にあたり天野御住職より令和8年9月度・御報恩御講拝読御書『開目抄』を拝読申し上げ、3年前(文永5年1月)にさかのぼる蒙古国からの幕府への牒状(ちょうじょう)と『安国論御勘由来』『十一通御書』の御述作による再度の諫暁、そして文永8年5月ごろの大旱魃における極楽寺良寛の雨乞いの祈祷失敗と策謀・讒訴(ざんそ)、平左衛門尉頼綱による松葉ヶ谷の草庵襲撃から竜ノ口の法難に至るまでの経緯と顛末について述べられ、「時の最高権力者をもってしても、諸天善神の加護により大聖人様のお命を断つことはできませんでした。この身命を賭した大法難によって、大聖人様は発迹顕本(ほっしゃくけんぽん/凡夫僧・上行菩薩の再誕としての迹をはらい、末法の御本仏としての本地を顕わす)あそばされ、久遠元初の御本仏として開顕されたのです。数多くの法難を受けられたことにより、法華経勧持品(かんじほん)第十三の〈二十行の偈〉を証明され、そして末法万年の一切衆生のため大聖人様の御魂たる本門戒壇の大御本尊を御図顕あそばされたのです。今末法の時代に生きる私たちは、本門戒壇の大御本尊を受持信行し奉り、日々に罪障消滅のために精進できることは誠に有り難いことであり、本日の御難会を契機として、さらに自行化他の信心に励んでまいりましょう。」等と述べられ、さらに「大聖人様の御一生は、一切衆生救済のために多くの大難小難を忍ばれての御生涯であらせられました。私たちは大聖人様の弟子檀那として、そのお姿を規範として信心修行することが務めであると思います。中でも最も大切なことは〈折伏行〉であり、大聖人様は折伏をされたからこそ難に逢われたのです。私たちも折伏を行じていく中においては嫌な思いをすることもあるかもしれませんが、それは覚悟の上で相手の誤った信仰・思想を破折していく慈悲の折伏を続けるならば、自身の過去世からの罪障が消滅され、人間性も磨かれ、光り輝いた幸せな人生になっていきます。その根本は勤行・唱題はもちろんのこと、折伏行にあるのです。」等との御指導をいただきました。
『開目抄(かいもくしょう)下』
文永9年2月 51歳
日蓮といゐし者は、去年(こぞ)九月十二日子丑(ねうし)の時に頸(くび)はねられぬ。此(これ)は魂魄(こんぱく)佐土(さど)の国にいたりて、返(かえ)る年の二月雪中(せっちゅう)にしるして、有縁(うえん)の弟子(でし)へをくれば、をそ(怖)ろしくてをそろ(恐怖)しからず。み(見)ん人、いかにをぢ(怖)ぬらむ。此は釈迦(しゃか)・多宝(たほう)・十方(じっぽう)の諸仏(しょぶつ)の未来(みらい)日本国(にほんごく)、当世(とうせい)をうつし給(たま)ふ明鏡(めいきょう)なり。かたみ(形身)ともみるべし。
(御書563頁10行目〜12行目)
令和8年9月6日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、御指導にあたり天野御住職より『上野殿御返事』の一文を拝読申し上げ、「法華経『勧持品(かんじほん)第十三』には〈三類の強敵(さんるいのごうてき/俗衆増上慢・道門増上慢・僣聖増上慢)〉が説かれています。俗衆(ぞくしゅ)増上慢とは仏法に無智な一般の人々、道門(どうもん)増上慢とは一般僧侶の中で正法に敵対する者、僣聖(せんしょう)増上慢とは僧形で聖者のように崇められながら、実には名誉や利益・利欲に執着し、権力者と結託して最も陰湿で多大な迫害を加える、仏法上の悪の最たる者を指します。私たちが折伏をすると、その相手や周囲の人々から悪口雑言(あっくぞうごん)を言われることがありますが、悪口を言われて喧嘩したのでは意味がありません。あくまでも相手の誤った考えを正して救っていくのが折伏です。『御義口伝』に〈難来たるを以て安楽と意得(こころう)べきなり(御書1763頁)〉とありますように、折伏をして嫌な思いをすることは覚悟の上で、それでも慈悲の折伏を行じ精進を重ねていくならば、自身の過去遠々劫(かこおんのんごう)からの謗法罪障消滅が叶っていくのです。ことに今月は折伏強化月間ですので、さらに普段以上のご精進をお願いいたします。」等との御指導をいただきました。
そして広布唱題会終了後、天野御住職の御出席をいただき、質問会形式の座談会が実施されました。
『上野殿御返事(うえのどのごへんじ)』
弘安2年4月20日 58歳
日蓮生まれし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思ふばかりなり。
(御書1361頁5行目〜6行目)
令和8年9月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・折伏強化月間唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『阿仏房御書』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要等について述べられ、「御宗門よりご案内のとおり、9月は折伏強化月間と定められております。この1ヶ月間はいつにも増して折伏に取り組み、縁ある方々に、この御本尊様でなければ救われないということを伝えていただきたいと思います。相手を否定するのではなく、相手の謗法をはっきりと破折することが大切です。その皆さんの言葉が、相手が後になって身にしみて分かることもあります。御法主上人猊下が御指南あそばされるとおり、折伏は慈悲の行です。その慈悲の気持ちを持つためには、やはりお題目を唱えなければなりません。そのため持経寺といたしましては、この折伏強化月間の1ヶ月間、午前10時から11時まで毎日唱題行を行います。」等と述べられ、さらに拝読御書について、「宝塔とは御本尊様のことであり、南無妙法蓮華経と唱える弟子・檀那は皆宝塔です。御本尊様に日々唱題することによって、私たちは御本尊様と境智冥合(きょうちみょうごう)し一体となり、皆さんも仏様と同じ即身成仏の境界となるのです。」等との御指導をいただきました。
『阿仏房御書(あぶつぼうごしょ)』
文永12年3月12日 54歳
末法に入って法華経を持つ男女(なんにょ)のすがたより外には宝塔なきなり。若し然れば貴賎上下をえらばず、南無妙法蓮華経ととなふるものは、我が身宝塔にして、我が身又多宝如来なり。妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。法華経の題目宝塔なり、宝塔又南無妙法蓮華経なり。今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり。然れば阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房、此より外の才覚無益(むやく)なり。聞(もん)・信(しん)・戒(かい)・定(じょう)・進(しん)・捨(しゃ)・慚(ざん)の七宝(しっぽう)を以てかざりたる宝塔なり。多宝如来の宝塔を供養し給ふかとおもへば、さにては候はず、我が身を供養し給ふ。我が身又三身即一の本覚(ほんがく)の如来なり。かく信じ給ひて南無妙法蓮華経と唱へ給へ。
(御書792頁本抄6行目〜793頁4行目)
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