
南無妙法蓮華経には、すべての教えと行の真理が具わっている。人々の命は必ず、時が至れば生から死へ転変していく。そして多くの人は、この変化に苦しんでいる。これは人々が、生死について苦の一面のみを見ているからである。真実の我々の命は、空理の平等と、仮理の差別相と、そのすべての徳を包含する不思議な中理の当体なのであり、題目はその全体の正理を表している。故に、題目を信じ唱えていくことで、一面のみの狭い見方が、いつの間にか、この身に即して法界全体の理を感じ取り、生死はそのまま涅槃と悟る境界になるのである。
また、我々が常に悩むのは心中の煩悩であるが、一般の人々はその内容も知らず、その種類の意味も知らず、全くの無知である。これは大きく三つに分かれている。有(う)に執われて空(くう)を知らない見惑・思惑と、空に執われて仮(け)の無量の因縁相に暗い塵沙惑(じんじゃわく)と、空または仮に執われて法界全体を含む中(ちゅう)の理に迷う無明惑(むみょうわく)である。
しかるに、この一つひとつを破るのは容易なことではなく、過去の声聞・縁覚・菩薩等の聖者も、この煩悩の解決に無量の時を費やしている。故に、この一つひとつを徹底して消滅することは、現代の人々には絶対に不可能である。
しかし題目は、この三つの惑いを破す空・仮・中の真理の体そのものであるから、ただ本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と題目を唱えるとき、おのずと心中の色々な迷いが浄化されてくる。そこに普賢経の、
「煩悩を断ぜず、五欲(眼・耳・鼻・舌・身にまつわるあらゆる欲望)を離れずして、諸根を浄(きよ)め、諸罪を滅除することを得」(法華経610ページ)
という功徳が生ずるのである。この道は、ただ題目修行の一行にのみ存するのである。
(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 35ページ)
令和7年10月26日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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【令和4年から】★成人式
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令和8年9月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・折伏強化月間唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『阿仏房御書』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要等について述べられ、「御宗門よりご案内のとおり、9月は折伏強化月間と定められております。この1ヶ月間はいつにも増して折伏に取り組み、縁ある方々に、この御本尊様でなければ救われないということを伝えていただきたいと思います。相手を否定するのではなく、相手の謗法をはっきりと破折することが大切です。その皆さんの言葉が、相手が後になって身にしみて分かることもあります。御法主上人猊下が御指南あそばされるとおり、折伏は慈悲の行です。その慈悲の気持ちを持つためには、やはりお題目を唱えなければなりません。そのため持経寺といたしましては、この折伏強化月間の1ヶ月間、午前10時から11時まで毎日唱題行を行います。」等と述べられ、さらに拝読御書について、「宝塔とは御本尊様のことであり、南無妙法蓮華経と唱える弟子・檀那は皆宝塔です。御本尊様に日々唱題することによって、私たちは御本尊様と境智冥合(きょうちみょうごう)し一体となり、皆さんも仏様と同じ即身成仏の境界となるのです。」等との御指導をいただきました。
『阿仏房御書(あぶつぼうごしょ)』
文永12年3月12日 54歳
末法に入って法華経を持つ男女(なんにょ)のすがたより外には宝塔なきなり。若し然れば貴賎上下をえらばず、南無妙法蓮華経ととなふるものは、我が身宝塔にして、我が身又多宝如来なり。妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。法華経の題目宝塔なり、宝塔又南無妙法蓮華経なり。今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり。然れば阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房、此より外の才覚無益(むやく)なり。聞(もん)・信(しん)・戒(かい)・定(じょう)・進(しん)・捨(しゃ)・慚(ざん)の七宝(しっぽう)を以てかざりたる宝塔なり。多宝如来の宝塔を供養し給ふかとおもへば、さにては候はず、我が身を供養し給ふ。我が身又三身即一の本覚(ほんがく)の如来なり。かく信じ給ひて南無妙法蓮華経と唱へ給へ。
(御書792頁本抄6行目〜793頁4行目)
■お経日(1日) ■広布唱題会(2日) ■御報恩御講(9日) ■盂蘭盆会(15日)
令和8年8月15日、午前10時と午後1時の2回にわたり、盂蘭盆会が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・焼香・唱題、各家塔婆供養等の追善回向と如法に厳修され、そののち天野御住職より御法話に先立ち『盂蘭盆御書』を拝読申し上げ、通解並びに同抄の概要について述べられ、「法華経の根本である南無妙法蓮華経のお題目でなければ成仏はできません。目連(もくれん)尊者が釈尊の出世の本懐(ほんがい)である法華経を受持信行し、その功徳により母である青堤女(しょうだいにょ)を救い成仏させることができたのです。」等と述べられ、さらに『聖人御難事』の御文を引用され、「釈尊は出世の本懐(ほんがい)として法華経を説き、中国の天台大師はその法華経を講義した法華三大部(法華玄義・法華文句・摩訶止観)を本懐とし、日本の伝教大師は法華経迹門の戒壇堂建立を本懐としました。そして末法の御本仏である日蓮大聖人様は、末法の一切衆生救済のために南無妙法蓮華経の本門戒壇の大御本尊様の御建立を本懐とされました。末法に生きる私たちは、この大御本尊様に余念なく南無妙法蓮華経のお題目を唱えていくことが成仏の直道です。そしてその唱題による功徳を、亡き諸精霊(しょしょうりょう)方のお塔婆を建立し、お焼香と御祈念をもって回し向かわしめることが正しい回向となります。その功徳をいただいたご先祖の皆さんは過去遠々劫(かこおんのんごう)からの罪障を即座に消滅させ、即身成仏が叶うのです。」等と述べられ、最後に『新池御書』『四条金吾殿御書』を引用され、「私たちはお盆やお彼岸に限らず、年回忌、祥月命日忌や月命日忌等においても、寺院に参詣しお塔婆を建立し、僧俗一致して読経・唱題・焼香して、ご先祖方からうらめしく思われることのないよう、御回向申し上げることが大切です。」等と述べられ御法話を結ばれました。
『盂蘭盆御書(うらぼんごしょ)』
弘安2年7月13日 58歳
悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず、子と孫と末七代までもかゝり候ひけるなり。善の中の大善も又々かくのごとし。目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は、我が身仏になるのみならず、父母仏になり給ふ。上七代下七代、上無量生下無量生の父母等存外(ぞんがい)に仏となり給ふ。乃至代々の子息・夫妻・所従・檀那・無量の衆生三悪道をはなるゝのみならず、皆初住・妙覚の仏となりぬ。故に法華経の第三に云はく「願はくは此の功徳を以て普(あまね)く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」云云。
(御書1396頁5行目〜10行目)
『聖人御難事(しょうにんごなんじ)』
弘安2年10月1日 58歳
仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計りなし。先々に申すが如し。余は二十七年なり。
(御書1396頁3行目〜5行目)
『新池御書(にいけごしょ)』
弘安3年2月 59歳
仏に成り候事は別の様は候はず、南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば、天然と三十二相八十種好を備ふるなり。如我等無異(にょがとうむい)と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり。
(御書1460頁12行目〜13行目)
『四条金吾殿御書(しじょうきんごどのごしょ)』
文永8年7月12日 50歳
又在家の人々も、我が父母、地獄・餓鬼・畜生におちて苦患(くげん)をう(受)くるをばとぶ(弔)らはずして、我は衣服・飲食(おんじき)にあ(飽)きみ(満)ち、牛馬眷属充満して我が心に任せてたのしむ人をば、いかに父母のうらやましく恨み給ふらん。
(御書470頁5行目〜7行目)
令和8年8月9日の午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、御法話に先立ち天野御住職より令和8年8月度・御報恩御講拝読御書『中興入道御消息』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要と御述作の背景、および対告衆である中興入道等について述べられ、「お塔婆建立の功徳は、すべての人々を成仏に導き、さらに供養した人も長寿の功徳をいただけます。お塔婆は、お題目を認(したた)めることで仏身を顕し、そこに故人の戒名等を書くことで亡き諸精霊が仏身の一分となります。そのお塔婆を寺院の御宝前にお供えし、読経・唱題・御回向することで御本尊様の功徳によって亡き諸精霊は成仏の境界に至るのです。そして、その姿を代々受け継いでいくことで法燈相続も整ってまいります。」等と御指導され、さらに「御法主日如上人猊下は『大聖人様の正しい仏法を信じなければ本当の幸せは得られないということを、真心を込めて訴えていくことが今極めて大事であります。その確信ある私達の言葉が必ず相手の心に伝わっていくのであります。相手の幸せを祈り、その確信をもって折伏にあたれば、必ず相手の心を開くことができます』と御指南されています。御法主上人猊下がこのように励ましてくださっているのですから、私たちは力を合わせて精進しお応えしてまいりましょう。」等と述べられ御法話を結ばれました。
また御報恩御講終了後、各総地区ごとに集まって座談会が開催されました。
『中興入道御消息(なかおきにゅうどうごしょうそく)』
弘安2年11月30日 58歳
過去の父母も彼(か)のそとば(卒塔婆)の功徳(くどく)によりて、天の日月(にちがつ)の如く浄土(じょうど)をて(照)らし、孝養(こうよう)の人並(なら)びに妻子は現世(げんぜ)には寿(いのち)を百二十年持(たも)ちて、後生(ごしょう)には父母とともに霊山浄土(りょうぜんじょうど)にまいり給(たま)はん事(こと)、水す(澄)めば月うつ(映)り、つゞみ(鼓)をう(打)てばひゞ(響)きのあるがごとしとをぼしめし候(そうら)へ等云云。此(これ)より後々(のちのち)の御(おん)そとば(卒塔婆)にも法華経の題目を顕(あら)はし給え。
(御書1434頁8行目〜11行目)
令和8年8月2日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、御指導にあたり天野御住職より『種々御振舞御書』の一文を拝読申し上げ、通解ののち「信心は、御本尊様が正しいか正しくないかがすべての判断基準です。例えば僧侶にも過ちはありますが、人が基準ではなく、どこまでも御本尊様なのです。」等と述べられ、さらに「正法を弘宣していくにあたっては、悪態を吐かれたり悪口を言われたことを糧として、折伏実践の原動力としていくのです。折伏をして悪口を言われても、それによって信心の胆力が身につき信力も強くなります。それが積み重なって自身の福徳となり、人格の完成形に近づくのです。」等と御指導を結ばれました。
そして広布唱題会終了後、天野御住職の御出席をいただき、質問会形式の座談会が実施されました。
『種々御振舞御書(しゅじゅおふるまいごしょ)』
建治2年 55歳
釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ。今の世間を見るに、人をよくな(成)すものはかたうど(方人/味方)よりも強敵(ごうてき)が人をばよくなしけるなり。
(御書1063頁13行目〜14行目)
令和8年8月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『聖人御難事』を拝読申し上げ、通解並びに熱原法難をめぐる御述作当時の背景等について述べられ、「現代の私たちは〈信教の自由〉が保証されている良い時代にいるので、信心をする上で制約は何もありません。したがって御信心は私たちの一念心によるのであり、大聖人様がここで仰せのように、何があっても退転する事なく折伏に励まなければなりません。また形は違えども、信心が進めば進むほど、信心をやめさせようとする三障四魔が競い起こってきます。それに負けないためには、朝夕の勤行・唱題、そして日々の折伏行、寺院参詣、御登山が大切です。これからも共々に励まし合いながら、一年に一人が一人の折伏、支部折伏誓願達成に向けて精進してまいりましょう」等との御指導をいただきました。
『聖人御難事(しょうにんごなんじ)』
弘安2年10月1日 58歳
彼のあつわら(熱原)の愚癡の者どもい(言)ゐはげ(励)ましてを(堕)とす事なかれ。彼等には、たゞ一えん(円)にをも(思)い切れ、よからんは不思議、わるからんは一定とをも(思)へ。ひだる(饑)しとをも(思)わば餓鬼道ををし(教)へよ。さむ(寒)しといわば八かん(寒)地獄ををし(教)へよ。をそろ(恐)しゝといわばたか(鷹)にあへるきじ(雉)、ねこ(猫)にあへるねずみ(鼠)を他人とをも(思)う事なかれ。此はこまごまとかき候事は、かくとしどし(年々)月々日々に申して候へども、なごへ(名越)の尼・せう(少輔)房・のと(能登)房・三位房なんどのやうに候をくびゃう(臆病)、物をぼへず、よく(欲)ふかく、うたが(疑)い多き者どもは、ぬ(塗)れるうるし(漆)に水をかけ、そら(空)をき(切)りたるやうに候ぞ。
(御書1398頁1行目〜6行目)
〒211-0025
川崎市中原区木月3-35-12
電話:044(411)6826
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