神奈川県川崎市の日蓮正宗寺院・大乗山持経寺ホームページ

令和7年 活動充実の年

総本山第六十七世日顕上人猊下御指南

二十一、増善改悪の徳

 妙法蓮華経には、あらゆる経々の功徳が具わるのである。譬えば、大綱を引けば、それに付随する網の目がすべて動くように、また衣の角を引けば、付属の糸筋がそれに引き寄せられるように、妙法信仰の一行に、あらゆる功徳と善根が動き顕れる。
 つまり、人々の行いには善や悪があるが、善の行いにはいよいよその功徳が増し、悪の行いには反省や悔悟の切っ掛けがいろいろな形で生ずるのである。妙法を正しく受持する人は、この不思議な心の動きをよく留意できるのである。

(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 29ページ)

特設ページ

令和7年 宗祖日蓮大聖人御会式 令和7年 宗祖日蓮大聖人御会式

令和7年10月26日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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御会式(令和7年)御会式(令和7年) 持経寺本堂大改修落慶 持経寺本堂大改修落慶

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令和8年4月

■お経日(1日)

お経日(1日)

令和8年4月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・百日間唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『異体同心事』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要、および熱原法難の経緯等について述べられ、「熱原の三烈士は私たち法華講の原点であり、大聖人様はこの熱原法華講衆の不惜身命・死身弘法の御信心を鑑みられ、出世の御本懐たる本門戒壇の大御本尊様を御建立になりました。この『異体同心事』は、法華講衆が異体同心して正法弘通に励むならば、必ずや広宣流布の大願も成就すると、さらなる異体同心の御信心を薦められているのです。この4月は御宗門より、折伏強化月間と銘打たれております。本年の折伏誓願の達成に向けて、異体同心して折伏成就に向かって努力して参りましょう。」等との御指導をいただきました。

『異体同心事(いたいどうしんじ)』
弘安2年8月 58歳

あつわら(熱原)の者どもの御心ざし、異体同心なれば万事を成(じょう)じ、同体異心なれば諸事叶ふ事なしと申す事は外典三千余巻に定まりて候。殷の紂王は七十万騎なれども同体異心なればいくさ(軍)にまけぬ。周の武王は八百人なれども異体同心なればかちぬ。一人の心なれども二つの心あれば、其の心たが(違)いて成ずる事なし。百人千人なれども一つ心なれば必ず事を成ず。日本国の人々は多人なれども、同体異心なれば諸事成ぜん事かたし。日蓮が一類は異体同心なれば、人々すくなく候へども大事を成じて、一定(いちじょう)法華経ひろまりなんと覚へ候。悪は多けれども一善にかつ事なし。譬へば多くの火あつまれども一水にはき(消)ゑぬ。此の一門も又かくのごとし。
(御書1389頁〜1390頁)

令和8年3月

■広布唱題会・お経日(1日) ■御報恩御講(8日) ■春季彼岸会(20日・22日)

春季彼岸会(20日・22日)

令和8年3月20日および22日、それぞれ午前10時と午後1時の計4回に渡り、春季彼岸会が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題(午前10時の回は百日間唱題行)と如法に厳修され、そののち天野御住職より『中興入道御消息』の御文を拝読申し上げ、彼岸会の意味として、「〈彼岸〉とは古代インドの〈パーラム・イータ〉という語から来ており、意味としては〈到彼岸(彼岸に渡る)〉、すなわち亡き諸精霊方を迷いの世界である〈此岸(しがん)〉から悟りの〈彼岸〉に渡らせることです。此岸と彼岸の間には大きな川が流れているとされ、その川を大勢で安全に渡るためには、小乗教の小舟ではなく大乗教の大船、大乗教の中には法華経、法華経の中には日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の大船でなければ悟りの彼岸には到達できません。すなわち御本尊様にお題目を唱えることこそが成仏の境界に至る唯一の道なのです。」等と述べられ、さらに「仏教を修する者は、必ず四恩に報いなければなりません。その中でもまず初めに〈父母の恩〉を知り(知恩)報いる(報恩)ことが大切です。諸精霊方は自身でお題目を唱えることができないので、私たちが御塔婆を建立して読経・唱題して積んだ功徳善根を、お焼香と御祈念によってご先祖の皆さんに回し向かわしめるのです。冒頭拝読の『中興入道御消息』の御文の趣意は、お題目を認(したた)めたお塔婆の計り知れない功徳を述べられており、私たちも日々の勤行・唱題に励み、〈常盆〉〈常彼岸〉を心掛け、亡き諸精霊の節目にあってはお塔婆を建立して親孝行に努めることが大切です。」等との御指導をいただきました。。

『中興入道御消息(なかおきにゅうどうごしょうそく)』
弘安2年11月30日 58歳

去(みまか)りぬる幼子のむすめ(娘)御前の十三年に、丈六のそとば(卒塔婆)をたてゝ、其の面(おもて)に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、北風吹けば南海のいろくづ(魚族)、其の風にあたりて大海の苦をはな(離)れ、東風(こち)きたれば西山の鳥鹿(ちょうろく)、其の風を身にふれて畜生道をまぬ(免)かれて都率(とそつ)の内院に生まれん。況(いわ)んやかのそとば(卒塔婆)に随喜をなし、手をふ(触)れ眼に見まいらせ候人類(にんるい)をや。過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をて(照)らし、孝養の人並びに妻子は現世には寿(いのち)を百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事、水す(澄)めば月うつ(映)り、つゞみ(鼓)をう(打)てばひゞ(響)きのあるがごとしとをぼしめし候へ等云云。此より後々の御そとば(卒塔婆)にも法華経の題目を顕はし給へ。
(御書1434頁5行目〜11行目)

御報恩御講(8日)

令和8年3月8日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち天野御住職より令和8年3月度・御報恩御講拝読御書『阿仏房尼御前御返事』を拝読申し上げ、通解並びに阿仏房と千日尼について、および同抄全体の概要等について述べられたのち、「能持此経の人であるならば、知らず知らずに小さな謗法があったとしても消し去ることができます。大水をもって小火を消すが如きとの御教示で、強い御信心で自行化他、勤行・唱題と慈悲の折伏行に精進していくならば、些細な謗法や迷いなど吹き飛んでしまいます。」等と御指導され、さらに御法主日如上人猊下の御指南を引用され、「本年は持経寺創立60周年で、12月20日には記念法要が奉修されます。講中全員が一結して、一年に一人が一人の折伏を必ず成就し、12月までに皆で力を尽くしてまいりましょう。猊下の仰せの通り、折伏はやらないからできないのです。皆で力を尽くして折伏に励めば支部の誓願は必ず達成できます。」等と御法話を結ばれました。
また御報恩御講終了後、各総地区ごとに集まって座談会が開催されました。

『阿仏房尼御前御返事(あぶつぼうあまごぜんごへんじ)』
建治元年9月3日 54歳

法華経を持(たも)ち信ずれども、誠(まこと)に色心相応(しきしんそうおう)の信者、能持此経(のうじしきょう)の行者はまれなり。此等(これら)の人は介爾(けに)ばかりの謗法(ほうぼう)はあれども、深重(じんじゅう)の罪(つみ)を受くる事はなし。信心はつよく、謗法はよはき故(ゆえ)なり。大水(だいすい)を以(もっ)て小火(しょうか)をけ(消)すが如(ごと)し。
(御書905頁10行目〜11行目)

御法主日如上人猊下御指南

私どもは不幸を招く元凶である邪義邪宗の謗法に対しては厳しく対応し、『折伏正規』『謗法厳誡』の宗是を固く守り、厳として破邪顕正の折伏を行じていくことが肝要であります。
されば今、私どもは謗法によって苦しんでいる人を見て、そのまま見過ごしてしまうのではなく、大慈大悲の心を持って折伏すべきであります。
(令和7年11月度 広布唱題会の砌)

広布唱題会・お経日(1日)

令和8年3月1日午前9時より、広布唱題会並びにお経日が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より、御法話に先立ち『千日尼御前御返事』の御文を拝読申し上げ、通解並びに阿仏房と千日尼について述べられたのち、「佐渡から身延まで片道21日の道のりを、87歳から90歳まで高齢の身で命懸けで、三度も大聖人様のもとへ参詣された阿仏房の御信心を手本としなければなりません。今は車も電車もある恵まれた時代であるし、健康に留意して長生きをし、一回でも多く篤い御信心をもって御登山していただきたいと思います。本年は特に、支部総登山はもちろんのこと、5月からの講習会登山にも積極的に参加していただきたい。総本山に集って自宗の教義を勉強するなどという宗派は他には一切なく、大変恵まれていることです。」等との御指導をいただきました。

『千日尼御前御返事(せんにちあまごぜんごへんじ)』
弘安元年7月28日 57歳

人は見る眼の前には心ざし有れども、さしはなれぬれば、心はわす(忘)れずともさてこそ候に、去ぬる文永十一年より今年弘安元年まではすでに五箇年が間此の山中に候に、佐渡国より三度まで夫をつかわす。いくらほどの御心ざしぞ。大地よりもあつく大海よりもふかき御心ざしぞかし。
(御書1253頁10行目〜13行目)