
法華経の教えによれば、一切衆生は必ず仏性を具えている。この仏性とは、妙法蓮華経である。この妙法の原理は、一切衆生に、また天地法界の一切に通じている。故に『法華初心成仏抄』に、
「一度(ひとたび)妙法蓮華経と唱ふれば、一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯(ただ)一音に喚(よ)び顕はし奉る功徳無量無辺なり」(御書1320ページ)
と説かれるように、題目を唱えれば、一切衆生の仏性が皆、呼ばれて集まるという不思議な徳が生ずる。また同時に、我が身の仏性が、その功徳によって法・報・応の三身として顕れる。これは、眼・耳・鼻・舌・身・意の通常の六感の意義に覚知できなくとも、心の奥底の鏡に仏が浮かび出でられている。この当体が内証の成仏である。
(総本山第六十七世日顕上人猊下御教示『すべては唱題から』 27ページ)
令和7年10月26日(日)午前11時より、持経寺本堂において当山「宗祖日蓮大聖人・御会式(おえしき)御正當会(ごしょうとうえ)」が厳粛に奉修されました。
御会式とは、末法の御本仏・日蓮大聖人が弘安5年(1282年)年10月13日、武州池上(現在の東京都大田区)の右衛門太夫宗仲の館において御入滅あそばされ、滅・不滅、三世常住(さんぜじょうじゅう)の相を示されたことをお祝いする法要です。
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【令和4年から】★成人式
【令和7年】★本堂大改修工事 ★御会式(10月26日)★お餅つき(12月21日)【令和6年】★御会式(11月17日)★お餅つき(12月15日)【令和5年】★御会式(10月15日)★宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年慶祝記念 支部総登山(4月・9月・11月)★お餅つき(12月17日)【令和4年】★御会式(10月23日)★お餅つき(12月18日)【令和3年】★大乗山持経寺 座替り式 並 第三代住職入院式(11月26日)★お餅つき(12月19日)
■広布唱題会(1日) ■興師会・お経日(1日) ■節分会(3日)
令和8年2月3日午前10時より、節分会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・唱題後、天野御住職より『四条金吾殿女房御返事』の御文を拝読申し上げ、立春と節分、厄年のこと、豆まきの由来、『鬼は外』を言わない理由等々について御指導いただき、さらに『経王殿御返事』の御文を拝読申し上げ、「本日は一年の初めの大切な節目にあたり、持経寺の御本尊様の元にお集まりいただき、共々に読経・唱題し豆をまき、本年の無病息災を御祈念できたことは大変有り難いことと存じます。皆さんが御祈念された祈りは必ず成就し、本年も健康で幸せな一年となることを確信いたします。」等との御指導をいただきました。そして最後に皆で豆まきをし、お寺様にご用意いただいた福豆の豆茶をいただきました。
『四条金吾殿女房御返事(しじょうきんごどのにょうぼうごへんじ)』
文永12年1月27日 54歳
又三十三のやく(厄)は転じて三十三のさいは(幸)ひとならせ給ふべし。七難即滅七福即生(しちなんそくめつしちふくそくしょう)とは是なり。年はわか(若)うなり。福はかさ(重)なり候ベし、あなかしこ、あなかしこ。
(御書757頁16行目〜)
『経王殿御返事(きょうおうどのごへんじ)』
文永10年8月15日 52歳
経王御前にはわざはいも転じて幸(さいわ)ひとなるべし。あひかまえて御信心を出だし此の御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき。「充満其願(じゅうまんごがん)、如清涼池(にょしょうりょうち)」「現世安穏、後生善処」疑ひなからん。
(御書685~686頁)
【上から】◎大聖人をお慕いし弟子入りを乞う日興上人 ◎二箇相承御付嘱(共に昭和五十六年 宗祖日蓮大聖人第七百御遠忌記念『日蓮大聖人御一代絵圖』より) ◎大石寺開創之図(『日蓮正宗公式サイト』より)
令和8年2月1日、広布唱題会に引き続き、興師会並びにお経日が持経寺本堂において奉修されました。
興師会(こうしえ)は、日蓮大聖人から仏法の正義(しょうぎ)を受け継がれ、後世まで正しく法灯を伝えてくださった日興上人に対し奉り、僧俗一致して心から御報恩申し上げるための法要です。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、そののち天野御住職より御法話にあたり『日蓮一期弘法付嘱書』『身延山付嘱書』を拝読申し上げ、日興上人の御出自より四十九院での勉学、12歳での岩本・実相寺への入山、そして13歳の時に日蓮大聖人への弟子入り、16歳にて大聖人の伊豆御配流に際して実相寺を出て馳せ参じ、以後、大聖人御入滅までの22年間常随給仕し、『日蓮一期弘法付嘱書』『身延山付嘱書』の二箇相承にて仏法の一切を付嘱され、さらには地頭・波木井実長の四箇の謗法による身延離山から大石寺開創に至る御事績等々について述べられ、「正しい三宝(仏=宗祖日蓮大聖人 法=本門戒壇の大御本尊 僧=第二祖日興上人を随一とする御歴代上人)は日蓮正宗総本山大石寺にのみ、唯授一人血脈相伝によって厳然と受け継がれている。私たち僧俗が大聖人様の正しい仏法を受持信行できるのは、ひとえに第二祖日興上人様あればこそである。これよりはその御報恩のため一天広布に向かって、一年に一人が一人の折伏を成就すべく精進することが大切である。」等との御指導をいただきました。
『日蓮一期弘法付嘱書(にちれんいちごぐほうふぞくしょ)』
弘安5年9月 61歳
日蓮一期(いちご)の弘法(ぐほう)、白蓮阿闍梨日興(びゃくれんあじゃりにっこう)に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此(こ)の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂(い)ふは是なり。就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり。
弘安五年 壬午(みずのえうま) 九月 日
日蓮 花押
血脈の次第 日蓮日興
(御書1675頁)
『身延山付嘱書(みのぶさんふぞくしょ)』
弘安5年10月13日 61歳
釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当(べっとう)たるべきなり。背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。
弘安五年 壬午(みずのえうま) 十月十三日
武州池上
日蓮 花押
(御書1675頁)
令和8年2月1日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より、先般1月30日のインドネシア・法清寺の執事様並びに22名の御信徒との交流について触れられ、「インドネシアの皆さんが総本山大石寺に参詣するには、飛行機代が15万円と5日間の滞在費が15万円、日本円で合計30万円かかる。ただし日本とインドネシアの貨幣価値の違いにより、あちらの人にとっては日本円30万円は大変な高額となる(編集室註/現在のレートでは、日本円30万円は3,255万ルピアで、インドネシアの物価・生活費が日本の30%程度とすると、日本円の30万円は3倍の90万円以上の価値)。にもかかわらず家族5人で来られている方、あるいは年に4回御登山されている方もいるとのこと。それに対して私たちは、安いバス代で、しかも日帰りで御登山できるほど恵まれているのである。海外には、大御本尊様を渇仰恋慕しながら御登山できない人たちがたくさんいる。そのことを胸に置きながら私たちは精進していかなければならない。」等との御指導をいただきました。
■元旦勤行(1日) ■広布唱題会・お経日(1日) ■御報恩御講(11日) ■成人式(12日) ■インドネシア・法清寺 執事様および御信徒22名御来寺(30日)
令和8年1月30日午前9時30分、インドネシア・法清寺様の木村真行御尊師並びに御信徒22名が持経寺に参詣されました。
お迎えの持経寺信徒有志とともに読経・唱題後、天野御住職よりご挨拶をいただき、そののち法清寺執事様・木村御尊師により、スライドを用いて法清寺・妙願寺のご紹介がありました。
参加者全員で記念撮影ののち、前日に天野御住職および信徒有志により搗(つ)かれたお餅でこしらえた善哉(ぜんざい)が振る舞われ、インドネシアの御信徒の皆さんも、明るく和やかに甘い善哉に舌鼓を打っていました。
令和8年1月12日成人の日、午前11時30分より、飯田百合子さんの成人式が持経寺本堂において執り行われました。
当日は晴れやかな好天に恵まれ、天野御住職より御祝辞並びに『一生成仏抄』を引用されての御指導をいただきました。そののち記念品が贈呈され、最後に天野御住職・御両親および参列者一同と一緒に記念撮影をし、晴れやかに新成人の門出をお祝いいたしました。
『一生成仏抄(いっしょうじょうぶつしょう)』
建長7年 34歳
又衆生の心けが(穢)るれば土(ど)もけがれ、心清ければ土も清しとて、浄土と云(い)ひ穢土(えど)と云ふも土に二つの隔(へだ)てなし。只(ただ)我等が心の善悪によると見えたり。衆生と云ふも仏と云ふも亦此(またかく)の如し。迷ふ時は衆生と名づけ、悟る時をば仏と名づけたり。譬へば闇鏡(あんきょう)も磨きぬれば玉と見ゆるがごとし。只今も一念無明(いちねんむみょう)の迷心は磨かざる鏡なり。是(これ)を磨かば必ず法性真如(ほっしょうしんにょ)の明鏡(めいきょう)と成るべし。深く信心を発(お)こして、日夜朝暮(にちやちょうぼ)に又(また)懈(おこた)らず磨くべし。何様(いかよう)にしてか磨くべき、只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを、是をみがくとは云ふなり。
(御書46頁14行目〜)
令和8年1月12日成人の日、午前9時より、鈴木 逞(たくま)さんの成人式が持経寺本堂において執り行われました。
天野御住職より御祝辞並びに『立正安国論』を引用されての御指導をいただきました。そののち記念品が贈呈され、最後に天野御住職・御両親および参列者一同と一緒に記念撮影をし、晴れやかに新成人の門出をお祝いいたしました。
『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』
文応元年7月16日 39歳
主人悦(よろこ)んで曰く、鳩(はと)化(け)して鷹(たか)と為り、雀(すずめ)変(へん)じて蛤(はまぐり)と為る。悦ばしいかな、汝蘭室(らんしつ)の友に交はりて麻畝(まほ)の性(しょう)と成る。誠に其の難を顧(かえり)みて専ら此の言を信ぜば、風和(やわ)らぎ浪(なみ)静かにして不日(ふじつ)に豊年ならんのみ。
(御書248頁13〜14行目)
令和8年1月11日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち天野御住職より令和8年1月度・御報恩御講拝読御書『生死一大事血脈抄』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要等について述べられ、「臨終正念(りんじゅうしょうねん)とは、臨終に際し心を乱すことなく、正しい心をもって成仏を願い、最後まで題目を唱えつつ命を終えるのである。私たちは遅かれ早かれ命が尽きるが、自分がどのような姿で臨終を迎えるのかを念頭に置きつつ、日々に淡々とお題目を唱えつつ成仏を願い、信心修行の生活を送ることが大切である。それが〈生死一大事の血脈〉に通ずるのであり、それ以外に成仏の道はないのである。どのような人であっても、御本尊様にご祈念していくならば必ず幸せになり成仏得道を遂げることができる。」等と述べられ、さらに『最蓮房御返事』の御文および総本山第六十六世日達上人猊下の御指南を引用され、「法体(ほったい)の血脈たる本門戒壇の大御本尊は、唯授一人の血脈相承により代々の御法主上人猊下が伝持あそばされている。その御法主上人猊下の御指南のままに信心修行することで、私たちに信心の血脈・法体の血脈が流れ通ってくる。根源たる本門戒壇の大御本尊に連なる、大聖人様の御命が備わった御本尊様でなければ血脈は流れない。」等との御指導をいただきました。
また御報恩御講終了後、各総地区ごとに集まって『団結行動の年』年頭の座談会が開催されました。
『生死一大事血脈抄(しょうじいちだいじけちみゃくしょう)』
文永9年2月11日 51歳
相構(あいかま)へ相構へて強盛(ごうじょう)の大信力を致して、南無妙法蓮華経臨終正念(りんじゅうしょうねん)と祈念し給(たま)へ。生死一大事(しょうじいちだいじ)の血脈(けちみゃく)此(これ)より外(ほか)に全く求むることなかれ。煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)・生死即涅槃(しょうじそくねはん)とは是(これ)なり。信心の血脈なくんば法華経を持(たも)つとも無益(むやく)なり。
(御書515頁1行目〜3行目)
『最蓮房御返事(さいれんぼうごへんじ)』
文永10年1月28日 52歳
法華経の行者は信心に退転無く身に詐親(さしん)無く、一切法華経に其(そ)の身を任せて金言の如く修行せば、慥(たし)かに後生は申すに及ばず、今生も息災延命にして勝妙の大果報を得、広宣流布の大願をも成就すべきなり。
(御書642頁6行目〜8行目)
総本山第六十六世日達上人猊下御指南
その信心といい、血脈といい、法水というところの法水は、どこから出てくるか、ということがもっとも大切であります。それは、我が日蓮正宗においては日蓮大聖人の御当体たる本門戒壇の大御本尊であります。ゆえに、大聖人の仏法を相伝しなければ、大聖人の仏法の血脈は流れないのであります。
(『大日蓮』昭和53年9月号)
令和8年元日午前9時より、新年勤行会を兼ねて、広布唱題会並びにお経日が持経寺本堂において奉修されました。
読経、焼香、広布唱題行と続き、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向ののち、天野御住職より宗旨建立774年「団結行動の年」年頭の御挨拶を種々いただき、さらに持経寺創立60周年記念法要について、12月20日(日)午後1時に奉修されることが発表され、「お寺というのは、御信徒の皆さんが集ってこそ力を増すのであり、ぜひともこの法要にご参詣ください。」等と述べられました。そののち『上野尼御前御返事』の御文を拝読申し上げ、「皆様には、このめでたい年の初めに喜びの姿をもって持経寺の御本尊様に参詣され、本年の種々のご祈念をされたことは、真に喜ばしいことであり、その祈りは必ず叶っていくことと確信いたします」等と述べられたのち、『聖人御難事』の御文および総本山第二十六世日寛上人様の『観心本尊抄文段』を引用され、「本門戒壇の大御本尊を顕されたことが大聖人様の出世の御本懐(ごほんがい)であり、御法主日如上人猊下が〈本門戒壇の御本尊を離れていかほど信心に励んでも、真の幸せはありません〉と御指南のとおり、どのような時代にあっても私たちの信心修行は、一切の根本である本門戒壇の大御本尊様を拝し、時の御法主上人猊下の御指南のままでなければならない。その正しい信心の姿に法華講としての誇りと心意気を持ち、多くの人たちのために折伏を行じてまいりましょう。」等との御指導をいただきました。
『上野尼御前御返事(うえのあまごぜんごへんじ)』
弘安4年1月13日 60歳
春のはじめ、御喜び花のごとくひらけ、月のごとくみ(満)たせ給ふべきよしうけ給はり了(おわ)んぬ。
(御書1552頁)
『聖人御難事(しょうにんごなんじ)』
弘安2年10月1日 58歳
仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計りなし。先々に申すが如し。余は二十七年なり。
(御書1396頁)
総本山第二十六世日寛上人
『観心本尊抄文段(かんじんのほんぞんしょうもんだん)』
「弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟(くきょう/究極に達すること)の中の究竟、本懐の中の本懐なり。既に是れ三大秘法の随一なり、況んや一閻浮提総体の本尊なる故なり。」
(御書文段197頁)
令和8年元旦午前0時より、持経寺本堂において元旦勤行が奉修されました。
五座の勤行ののち天野御住職より新年の御挨拶、並びに本年「団結行動の年」年頭にあたり御指導をいただきました(御指導の概要は「広布唱題会・お経日」参照)。そして参列者一人ひとりに縁起物の昆布(よろこぶ)が手渡され、また1階ロビーでは甘酒(ノンアルコール)を頂戴し、新年を晴れやかにスタートいたしました。
■お経日(1日) ■広布唱題会(7日) ■御報恩御講・第33回 法華講持経寺支部総会(14日) ■お餅つき(21日)
令和7年12月21日、持経寺年末恒例・お餅つきが開催されました。
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令和7年12月14日午後1時より、御報恩御講が持経寺本堂において奉修されました。
法要は献膳・読経・唱題と如法に厳修され、天野御住職より令和7年12月度・御報恩御講拝読御書『義浄房御書』を拝読申し上げ、通解並びに当時の時代背景、対告衆である義浄房について、および同抄全体の概要等について述べられのち、「〈心の師とはなるとも心を師とすべからず〉とは、煩悩が充満している自身の心を中心に信心することなく、どこまでも仏様の教えに従うことである。心の師とは一切を備えた仏様、末法においては日蓮大聖人様であり、本門戒壇の大御本尊様である。日顕上人様の御指南にあるとおり、私たちの心は常に煩悩によって曲がりがちであるが、常に唱題を重ねていくならば我意我見の心が自然と消え去り、御本尊様の教えのままに正しく真っ直ぐになっていく。時の御法主上人猊下と大御本尊様から離れてしまっては、それは大聖人様の信心ではない。どこまでも大御本尊様を常に心の師とし、時の御法主上人猊下の御指南のままに信心を貫くことこそが最も大切である。」等との御指導をいただきました。
『義浄房御書(ぎじょうぼうごしょ)』
文永10年5月28日 52歳
相構(あいかま)へ相構へて心の師(し)とはなるとも心を師とすべからずと仏は記(しる)し給(たま)ひしなり。法華経の御為(おんため)に身をも捨(す)て命(いのち)をも惜(お)しまざれと強盛(ごうじょう)に申せしは是(これ)なり。
(御書669頁11行目〜12行目)
総本山第六十七世日顕上人猊下御指南
御本尊様に向かい奉って南無妙法蓮華経のお題目を唱えていくところに、我々の心が常に正しくなっていくという所以があるわけであります。
(顕全1-1-543頁)
御報恩御講終了後、小憩ののち、第33回となる法華講持経寺支部総会が開催されました。
令和7年12月7日午前9時より、広布唱題会が持経寺本堂において奉修されました。
読経・広布唱題行終了後、天野御住職より、『戒体即身成仏義』を拝読申し上げ、「この御文のとおり謗法とは、心と言葉で正法を誹謗することだけではなく、この正法流布の国に生まれていながら、大聖人様の正法を信ぜず行ぜずにいることも謗法の人である。ことにそれが家族などの身近な人たちには、頑張って乗り越えて折伏をしていくことが大切である。その中に必ずや、自分自身の幸せが大きく花開いていくのである。」等との御指導をいただきました。
『戒体即身成仏義(かいたいそくしんじょうぶつぎ)』
仁治3年 21歳
謗(そしり)と云ふは但(ただ)口を以て誹(そし)り、心を以て謗(そし)るのみ謗には非ず。法華経流布の国に生まれて、信ぜず行ぜざるも即ち謗(そしり)なり。
(御書10ページ1行目~2行目)
令和7年12月1日、午前10時より、お経日が持経寺本堂において奉修されました。
法要は読経・唱題行、各家塔婆供養・永代供養精霊等の追善回向と如法に厳修され、そののち御法話に先立ち、天野御住職より『上野殿御返事』を拝読申し上げ、通解並びに同抄全体の概要等について述べられたのち、「上行菩薩を上首とする地涌の菩薩衆は、久遠以来の〈本化〉の菩薩である。滅後末法の法華経の弘通を託された地涌の上首・上行菩薩様は日蓮大聖人様であり、その御内証・本地は久遠元初の御本仏である。『諸法実相抄』に〈皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり〉と仰せのように、今の私たちは大聖人様の弟子檀那として、大聖人様と同じ題目を唱えている〈地涌の菩薩の流類〉である。私たちはその自覚の上に立ち、何があってもどこまでも退転なく生涯にわたって折伏に精進し、多くの人たちに伝えていく使命がある。」等との御指導をいただきました。
『上野殿御返事(うえのどのごへんじ)』
弘安2年4月20日 58歳
又涌出品は日蓮がためにはすこ(少)しよしみある品なり。其の故は上行菩薩等の末法に出現して、南無妙法蓮華経の五字を弘むべしと見へたり。しかるに先づ日蓮一人出来す。六万恒沙の菩薩よりさだめて忠賞をかほ(蒙)るべしと思へばたのもしき事なり。とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ。殿一人にかぎるべからず。信心をすすめ給ひて、過去の父母等をすく(救)わせ給へ。日蓮生まれし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思ふばかりなり。
(御書1361頁2行目〜6行目)
〒211-0025
川崎市中原区木月3-35-12
電話:044(411)6826
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