【これまでに掲載された巻頭言】
■平成24年1月掲載「辰歳余話」 ■平成23年12月掲載「冬星断想」 ■平成23年11月掲載「天高く馬肥ゆ」
■平成23年10月掲載「秋二題」 ■平成23年9月掲載「善人の家、悪人の家」 ■平成23年8月掲載「言葉の網」
■平成23年7月掲載「爛柯ということ」 ■平成23年6月掲載「雨に思う」 ■平成23年5月掲載「放逸にふける勿れ」
■平成23年4月掲載「桜花によせて」 ■平成23年3月「持ちつ持たれつ」 ■平成23年2月「ネズミの王様」
■平成23年1月「春の初の御悦び」 ■平成22年12月「行く年来る年」 ■平成22年11月「かくし味の人生」
■平成22年10月「仏眼をかって時期をかんがへよ」 ■平成22年9月「彼岸に思うこと」 ■平成22年8月「お盆雑感」
■平成22年7月「煩悩即菩提」 ■平成22年6月「初夏の風の中で」



今年は辰年である。
古来、中国では「麟鳳亀龍(りんぽうきりゅう)」を四霊といって、龍は目出度(めでた)いものの一つとされているが、さてその真の姿は誰に尋ねてみてもよく知っている者はいない。龍が想像上の動物である以上致し方ないことであるが、「有麟の虫三百六十、而(しか)して蚊龍之が長たり」といわれるように、麟(うろこ)を持った同類三百六十の長たる貫禄をそなえていて、大方の説には角があって、髭(ひげ)があって、足の指が五本あるとされている。
『爾雅翼(じがよく)』というものの本には、「龍に九似あり」といって、「龍の角は鹿に似たり、頭は駝(らくだ)に似たり、眼は鬼に似たり、項(うなじ)は蛇に似たり、腹は蜃(みずち)に似たり、鱗(うろこ)は鯉に似たり、爪は鷹に似たり、掌(てのひら)は虎に似たり、耳は牛に似たり」と出ている。
この他に、龍の喉下(のどもと)には30センチ四方くらいの「逆(さか)さ鱗(うろこ)」があるとされる。もし知らないでこの鱗に触れる者があったら最後、龍は凄(すさ)まじい勢いで怒り出して、その触れた者を生かしてはおかないといわれる。中国で天子の怒りに触れることを「逆鱗(げきりん)に触れる」というが、この言葉はここから来たものらしい。
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また、龍は雲の変化身(へんげしん)であるとする説もあるが、これは雲の形が変化しやすいことが上代の人々には何か異様なものに感じられて、それが龍という想像上の動物を生んだのであろうか。
龍が変化の多いものと考えられていることは事実で、鱗が81枚あるというのがその証拠だそうである。これはまさに九九の数に当たるわけで、これに対して鯉の鱗は36枚あるそうで、この方は六六の数に当たるわけである。
九は陽の数、六は陰の数として、陰陽(おんみょう)二道を表すなどということは、いかにも中国の易の思想らしい考えであるが、鯉が龍門の滝つ瀬を上がると龍になるといわれていて、とにかく龍と鯉とは変化の多いものと考えられているところから、こんな話が伝承されたのであろう。
この龍門のあたりは、もとは伊川の岸の断崖(だんがい)がけわしいので「伊闕(いけつ)」といわれた所だが、川底にも断層があり、海や下流から上ってくる魚などもそこまでは来るが、それ以上はなかなか上れない。だが中には抜群の力のある魚がいて、その難所を飛び越える。するとその魚は神通力を得て龍となる……という信仰が、この難所を龍門と名づけたのだそうである。昔から、出世するために通り抜けなければならない難関を「登竜門(とうりゅうもん)」というのは、この話から出た言葉である。
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大聖人様は『竜門御書』に、
「唐土に竜門と申すたき(滝)あり。たか(高)き事十丈、水の下ることがっぴゃう(強兵)がや(矢)をいを(射落)とすよりもはやし。このたきにをゝ(多)くのふな(鮒)あつ(集)まりてのぼ(登)らむと申す。ふなと申すいを(魚)ののぼりぬれば、りう(竜)となり候。百に一つ、千に一つ、万に一つ、十年廿年に一つものぼる事なし。(中略)仏になるみち(道)、これにをと(劣)るべからず。いを(魚)の竜門をのぼり、地下(じげ)の者のてんじゃう(殿上)へまいるがごとし云々」(御書1427頁)
と仰せである。
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古代中国晋朝の天才画家・張僧繇(ちょうそうよう)は、竜を画(か)いても睛(ひとみ)を点じない。もし点ずれば竜は生動しはじめ、昇天してしまうからだと伝えられている。
これがいわゆる「画竜点睛(がりょうてんせい)」で、『水衡記(すいこうき)』に、張僧繇の描いた何頭かの竜に睛が入れてないのを見て、ある男がその中の一頭に眼を描き入れた。するとたちまちに来電霹靂(らいでんへきれき)が起こり、竜は雲を呼び起こして天に昇ってしまった。睛の点じてない竜だけが残っていたという逸話が元の意味らしいが、今は違った意味に使われて、何かが90パーセント完成して、あと一つだけ足りない、換言すればあと一つで完全なものになる、そのキーポイントを「画竜点睛」というようである。
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さて、私どもにとっての「画竜点睛」は、平成27年・第二祖日興上人御生誕770年に向かっての「法華講員50パーセント増」の誓願目標の完遂である。
「実行前進の年」と御命題を賜(たまわ)った辰歳々旦に臨んで、タツ(竜)の語源は起(タツ)の義(『大言海』より)と心得て、「一人起つ」の心意気で本年の信行に励もうではないか。
| 大乗山 持経寺住職 丸岡雄道・著『麻畝の性 巻頭言 第一聚』より(禁無断複製転載) |

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