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真の功徳は正しい信仰にあり

信仰はなぜ必要なのか。
それは宗教が、私どもに最大の利益と幸福と希望を与えてくれる教えであるからです。

しかし、宗教を否定し、信仰の必要性を認めないという人の中には、感覚的に信仰を嫌う人もあれば、今までまったく無関心に生きて「宗教なんか一切関係なくても結構幸せに生きてきたから、今さらそんなもの必要ない」と思う人もあるでしょう。
そしてほとんどの人は、神や仏など目に見えないものに頼るより、一番信頼できるのは自分自身であって、自分の信念を強く持って、日々努力を重ねて自分の一生を生きていけばよいと思っているようです。
確かに自分の信念と、毎日の努力によって一家を支え、子供を育て、それなりの財産を築き、社会的地位や名声を得るということは尊い一生の仕事であり、これとても並大抵の努力でできるものではありません。
しかし世の中、努力次第で何でも叶うのであれば、小学生の頃から塾通いし、家庭教師につき、人一倍努力する者はみんな末は一流大学に入って、やがて卒業してみんなエリートコースを突っ走ることになるでしょうが、世の中そうはいきません。努力した者がみんな報われるのなら日本中東大生ばかり、一流企業のエリートばかりのはずですが、現実はその反対です。これは「原因」即「結果」につながらないということです。
原因のないところに結果は生じないのは事実ですが、原因があっても結果につながらない場合があるのは何故か。これが実は、宗教の中でも最もすぐれた教えである仏教の説く「因縁(いんねん)論」です。
これは「因」があって「縁」に触れて、はじめて「果報」になるという考えです。このことについては別に詳しく述べるとして、真実の宗教は、人間の生命を説き明かし、人生に指針を与え、人を幸福に導く最もすぐれた教えでありますから、これを信ずることは、仏の正しい教えによって心の中に秘められた願いを成就し、私どもの持つ信念をより崇高(すうこう)な信念へと高め、人間性をより豊かに、より充実したものに育(はぐく)むことになるのです。

例えば、山の中の小さな谷川を渡るのには、航海術などを学ぶ必要はないでしょう。しかし太平洋のような大海原を渡るには、正しい航路を知り、進路を定め、航海するための知識や技術がどうしても必要となってくるでしょう。
私どもの人生にとっても、一生という長い人生航路には、仏の正しい教えによって航路を過(あやま)たず、自分を見極め、真実の幸せな人生という目標に到達するための知識や訓練ともいうべき、正しい信仰が必要となってくるのであります。
真実の宗教を持たず、正しい信仰を知らない人は、自分の小ざかしい知恵と勘にだけ頼って航海の知識も持たず、進路を見定める羅針盤も持たずに大海原に乗り出す船のようなもので、結局は人生の荒波に呑まれてしまいます。

お釈迦(しゃか)様は涅槃経(ねはんぎょう)というお経の中で、信仰のない人のことを、
「主無く、親無く、救無く、護無く、趣無く、貧窮飢困(びんぐきこん)ならん」
と説いています。
すなわち、正しい宗教を持たない人は、仏という人生の根本の師を知らず、最も慈愛深い親を持たず、従って仏の救済も無く、護(まも)られることも無く、何を目的として生きるのかということも知らず、正法(しょうぼう)の財宝(功徳)に恵まれない、心の貧しい人だというのであります。
さらに長い一生の間には、経済苦や家庭不和、社会不安の影響などによって、深刻な悩みや苦しみが押し寄せてくる時もあるでしょう。この世に人として生まれた以上、病苦・老苦・死苦などは、誰もが必ず直面しなければならないことなのです。

四苦八苦

「四苦八苦(しくはっく)」という言葉があります。
例えば借金や金繰りに困っている人がよく「四苦八苦している」などといいますが、この言葉は実は仏教用語でありまして、今述べたように生きていく上でのさまざまな苦しみ……年をとっていく苦しみ、病を得る苦しみ、やがて死んでいく苦しみ……これは誰人も避けられない四つの苦しみであります。これを四苦(生老病死)と申します。
さらに「愛別離苦(あいべつりく)」、すなわち愛する者とはいつまでも共にいたいが分かれるときが必ず来るという苦しみ。「愛したときから別れが始まる…」という歌が昔流行(はや)りましたが、親子・夫婦・兄弟の生き別れ、愛する恋人との別離の苦しみ。特に死別は五体を引き裂かれる苦であります。
逆に「怨憎会苦(おんぞうえく)」といって、会いたくない者と出会う苦しみ。あの係長さえいなければ会社は楽しいのだが、姑さえいなければ……皆さんも思い当たるフシがあるでしょう。それでもいつも顔を合わせなければならない苦しみ。
それから「求不得苦(ぐふとっく)」、求めて得ざる苦しみです。お金が欲しい、地位が欲しい、家が欲しい。石川啄木は「働けど働けど我が暮らし楽にならざり、ぢっと手を見る」と詠(よ)んでいます。
さらに「五陰盛苦(ごおんじょうく)」といって、五陰、すなわち色(しき)・受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき)といって心身の煩悩が盛んであることから受ける苦しみ。この四つの苦しみを合わせて「四苦八苦」と申します。

自分が実際にこうした苦悩に遭遇した時のことを想像してみてください。果たして本当に自分の信念と努力で、このような悩みや苦しみを乗り越えることができるのだろうか。少なくとも自分一人の力で、その苦しみのどん底からはい上がり、我が身の不幸を真実の幸せな人生へと転換させることは容易なことではありません。まして、一切の苦悩に打ち勝って、安穏な、しかも行き詰まりのない自在の境涯を開拓して生きるなどということは、できるものではありません。
ここに、正しい信仰によっていかなる障魔(しょうま)にも負けない不屈の斗志(とうし)と、仕事や家庭など人生におけるすべての苦悩に打ち克(か)つ力を養うために、宗教が必要となってくるのです。
では、「自分の力、努力なんて知れたものだということくらいは少しは分かってきたが、それでも何故、現実にどこにいるか分からない神や仏に頼る必要があるのかそれが納得できない。だから信仰なんてできない」という人にお話しましょう。

神について

現実に神や仏がいるとは思えないと思っている皆さんに、はじめに「神」についてお話しします。
キリスト教やイスラム教で立てる天地創造の神ゴッドやアラーは、予言者と称されるキリストやマホメットが教典に説き示しただけのことで、皆さんの思っているとおり、現実にこの地上に姿を現わしたことはありません。
天理教の天理王命(てんりおうのみこと)や金光教(こんこうきょう)の天地金乃神(てんちかねのかみ)なども、教祖といわれる人がある日思いついたように言い出したもので、この世に現実に現れたことはありません。
また神社の中には、天満宮や明治神宮などのように菅原道真(すがわらのみちざね)とか明治天皇などの歴史上の人物を祀(まつ)っているところもあります。日光東照宮なども徳川家康を祀っています。これらは偉人を敬慕(けいぼ)する感情や時の政治配慮などにって、人間を神にまで祭り上げてしまっただけのことで、神本来の働きをもっているわけではありません。

本来、神とは原始時代の自然崇拝の産物であり、宇宙に存在するさまざまな自然の作用にはそれぞれ神秘的な生命、すなわち「神が宿っている」という思想に端を発しています。
人類は原始の時代には裸で生活していたものが、次第に木の葉をもって身を覆(おお)うようになり、さらに着物を作って着るようになり、元は木の実や草の実を取って食糧としていたものが、やがて土地を耕(たがや)して食物を作るようになり、元は穴住居(あなずまい)していたものが木を組んで家を作るようになりました。そうして、以前には彼等の生活に妨(さまた)げとなっていたものが、次第に彼等の生活の助けとなるように変りました。その一例が海や河の水です。
初め陸地を歩いていって海や河に出遭った人は、それより先へ進めぬと諦(あきら)めてそこから後へ引き返してきました。その時には、水は人の交通の妨げをしていたのです。それが、たびたび水の辺(ほとり)に立って眺(なが)めているうちに、木の葉が水の上に落ちて浮いて流れて来る。よく見るとその木の葉の上に蟻(あり)や蜘蛛(くも)が乗っている。「ハァ、なるほど・・・」と考えたのが元となって、やがて人類は木をくり抜いて舟を造リ、そしてこれに乗って水の上を通ってみると、陸を行くよりも非常に早く行ける。こうして、以前には交通の妨げとなった水が反対に交通の助けとなることを知ったのです。
これはほんの一例ですが、こういう例はたくさんあります。人類は絶えず苦心し、絶えず努力を重ねていろいろの自然の力を利用することを覚え、そしてその生活は段々と向上していきました。それで人々は大得意であったのです。
しかし、その大得意の鼻をへし折られるような出来事にも何度が出遭いました。せっかく苦心して作った家も大風が吹けば倒れてしまうし、舟を作って海へ乗り出しても大きな波が襲ってきて覆(くつがえ)してしまう。このようなさまざまの試練を体験して人々は「自分たちの智恵や力では、とても抗(こう)し得ない大きな力がある」ということを痛切に思い知ったのです。
日本のような農耕民族で、土地に定着して食物を作り生活する民族にとってはなおさらです。せっかく一生懸命丹精して種を蒔(ま)き育ててきた米や粟(あわ)も、遠くの森がカサカサとはげしく揺れると、たちまち大きな風が吹いてきて稲などの作物を倒すので、「あの森の上には風を吹かせる大きな何ものかがいるのであろう」と考える。海の水がムクムクと動いて大きな波が立ってくるからには、この水の底に波を立たせる何ものかがいるに違いないと思う。また日や月が毎日少しも狂わず空を廻っているのを見ては、あの大気の彼方(かなた)に天体の運行を司(つかさど)る何ものかが住んでいるのだろうと考える。
このように、人間の力ではどうにもならない大いなる力を人格化して考えるようになるのは極めて自然の成り行きでしょう。それからまた、人は未開の時代から「偉大なるものを賛美する情」をそなえているのです。高い山を見たり、広い海原を眺めたり、日の出の景色の美しさに見とれ、夕立(ゆうだち)の音の激しさに何とはなしに「貴い」とか「恐れ入った」という感情が起こる。これは誰に教えられたわけでもなく、ごく自然に起こるところの情です。こういう情が自然の偉大なる力を人格化した観念と結びついて、ここにその多くの偉大な力に対する畏敬(いけい)の念が生まれ、これらを神として仰ぎ貴ぶ慣(なら)わしを作り上げたのです。
これらの偉大な力は、恐ろしくもあれば、また頼もしくもあります。例えば雨が強く降ったために田畑が水浸しになって作物が収穫できなくなれば、雨は生死にかかわる恐ろしいものですので、これをおさめるために田には田の神がいると信じてこれを祀(まつ)り、その雨が降って森や草の木の芽が伸びるのを見ると雨は頼もしいものとして映り、森の神に感謝する。

このように、自然の力を人格化してできた神々は、日本のように土地に定着して生活する農耕民族にとっては、川には水神が宿り、山には山の神、といった具合にあらゆる自然に人格化した神を作り上げて八百神(やおよろずのかみ)となるのですが、こうなると、神々は恐れられるとともに頼りがいのある偉大な力を持つものとして、ただ仰いで賛嘆(さんたん)しているのみではおさまらなくなり、ついに神々に対して「現世の利益を祈る」ようになります。
したがって真実の神とは、ひとつの人格や個性を指すものではなく、本来、神社などに祀られて礼拝の対象となるものでもないのです。
あくまでもすべての人類はじめ、生類を守り育(はぐく)むことに神の意義があります。この神の力が強ければ人々は平和で豊かに暮らせるわけですが、仏法においては、神の作用は正しい法の功徳を原動力とし、これを法味(ほうみ)をいい、諸天諸神が正法(しょうぼう)の法味を味わうとき、仏の威光と法の力を得て善神として人間を守り、社会を護る力を発揮すると説いているのです。

現実に出現した仏様

次に仏について申しますと、仏典に説かれるたくさんの仏や菩薩(ぼさつ)たちも、ほとんどは歴史的に現実に地上に出現したことはありません。身近なところでは、念仏宗の阿弥陀如来や、真言宗の大日如来なども実在したことのない仏です。
ではなぜ、架空といえる仏や菩薩が経典に説かれたのかと申しますと、インドに歴史的に現実に出現したお釈迦(しゃか)様は、宇宙法界の真理と生命の根源を解き明かすために、生命に備わる働きや、仏の徳を具象(ぐしょう)的・擬人(ぎじん)的に仏・菩薩の名を付けて表現されたのです。例えば智慧を表わすに文殊菩薩(もんじゅぼさつ=三人寄れば文殊の知慧というのはここからきています)、慈悲の表象(ひょうしょう)として弥勒菩薩(みろくぼさつ)、病を防ぎ、癒やす働きを薬師如来、薬王菩薩、美しい声を妙音菩薩というように、それぞれ擬人化して名を付けられたのです。
これらの仏・菩薩は、教主であるお釈迦様の力用(りきゆう)を示すために説かれたわけですが、お釈迦様自身は、厳然としてインドの釈迦族の王家の王子として誕生され、出家して修行し宇宙の真理を悟(さと)り仏様となって、人々に多くの教え(お経)を遺(のこ)されたのです。
お釈迦様の出現と、経典に説かれる深義(じんぎ)に疑いを持つ人はいないでしょう。

このお釈迦様が究極の教えとして説かれた『法華経(ほけきょう)』の中に、末法に出現する本仏を予証(よしょう)されています。その予証とは、
(1)法華経を行ずる故に刀や杖で切られ、なぐられ、あるいは瓦(かわら)や石を投げられる等の迫害を受けること
(2)悪口を云われたり罵詈雑言を浴びせられること
(3)しばしば住んでいるところを追い出されること
等の難に逢い、また迫害を加える者の刀が粉々に折れて斬ることができないこと等のことですが、これを「法華経勧持品(かんじほん)二十行の偈文(げもん)」の中に細かくお釈迦様は説かれているのです。
そしてこの予言のとおりに、打ち続くあらゆる大難、迫害を身に受けながら、民衆救済のために究極の本法たる法華経の文字の底に秘し沈めて表現された真実の法華経を説き、未来永劫(みらいえいごう)の人々のために「大御本尊(だいごほんぞん)」という信仰の対境(たいきょう)を顕(あら)わされた御本仏こそが、鎌倉時代、日本の国の安房清澄(あわきよすみ)の寒村に凡夫衆生・私どもと同じような姿を示してお生まれになった日蓮大聖人であります。
日蓮大聖人は、ひとりの人間としての人格の上に、本仏の境界を現実に示されたのです。
もし皆さんが、仏は人間の姿をしたものではなく、金ピカの仏像や大仏様そのものと考えて「そのような仏など実在しない」というならば、それは誤った認識です。

お釈迦様の苦行

以上で、信じられないという神や仏に対する考え方が少しはお分かりになったかと思いますが、今述べたように、今から3000年前にインド北部のカピラ城の王子として誕生したお釈迦様は、19歳の時に出家して修行者となり、30歳になるまでそれこそ命がけの修行をして、30歳の時にガヤ城の近くで悟りを開いたのです。
どのようにして現実に生きた人間が悟りを開いて仏様になったかと申しますと、お釈迦様は今述べたように、もともとインドでも特に恵まれた王侯(おうこう)貴族の出身・釈迦族の王子でありましたので、幼少の頃より百官にかしずかれ、欲しい物は何でも手にすることができる、人もうらやむ生まれ・育ちの中で16歳まで「蝶よ花よ」の人生を送っておりました。
そんな恵まれた境界なのに、「どうして人間は淋(さび)しいのだろう」「悩みがあるのだろう」「何となく満ち足りない気持ちにさいなまれるのだろう」「けだるい思いにとらわれるのだろう」と、人間の本質的な生命での悩みに苦しみ、これを解決したいと思いある日、恵まれた家を、父母・妻子を捨てて家を出て、広漠なるインドの大地に一人さまよい道を求めて難行苦行の旅に出たのです。その苦行はすさまじいまでの、文字どおり命がけの難行でありました。
ある時、お釈迦様は断食の修行に入りました。毎日少しづつ食べ物を減らしていって、ついに一日に麻の実一つという「一麻の行」に入ったのです。もう身体はあばら骨が浮き出て骨と皮だけで、眼だけが輝いて無気味なまでの姿で身を責めつづけました。またある時は息を止める行に入り、さらに強靭(きょうじん)な意志力をもって、身体中の穴という穴を塞(ふさ)いでしまう荒行に入りました。眼も耳も口も肛門も、更には八万四千といわれる皮膚の毛穴まで全部塞いで黙然、結跏趺坐(けっかふざ)の行に入ったときなどは、体内の空気が逃げ場を失って体内をかけ廻(まわ)る苦しみはまさに七転八倒の苦しみで、それを堪(た)えて堪えて悟りを求めました。またある時は裸眼でインドの灼熱の太陽を見つづける行に入りました。強靭な意志力がなければそれは失明を意味します。
もう半死半生、生きているとは思えない程の姿でありました。お釈迦様の生命を気遣った神々はその毛穴より天の滋味(じみ)を注入せんとしましたが、彼は皮膚の毛穴を閉ざして受け付けませんでした。意識も朦朧(もうろう)としてほとんど死んだような状態の中で、幻聴か何か、唄のようなものが釈尊の意識をとらえました。
ちょうどその時、お釈迦様が苦行を続けるニレンゼン河の岸辺を農夫が一人、歌を歌いながら歩いていきました。

琵琶(びわ)の絃(いと)
きりり締めれば
ぷつり切れ
さりとて弛(ゆる)めりゃ
ぺろんぺろん
程はほどほど歌えや踊れ

恐らくそれは、当時この地方で流行していた民謡か何かであったのでしょう。農夫はなにげなく歌っていたに違いありません。しかし、精神的緊張の極限に生死をさまよっていたお釈迦様は、この歌に触発されてある一つのことを悟ったのです。それは「我、謬(あやま)てり」の自覚でした。
19歳で出家する以前は、彼はカピラ城の王家にあって、栄耀栄華(ええいようえいが)の毎日を送っていました。放恣(ほうし=勝手気まま)限りない恵まれた生活。快楽の極みの人生。それは一つの極端でありました。そして今、彼はもう一つの極端にあったのです。
生死の限界にまで挑戦した難行苦行は、常人の生命力、精神力の限界を超えた極端でありました。
この二つの極端、いずれもこれは間違いであった。お釈迦様はそう悟って、
「いま聞いた歌のように強すぎても、弛めすぎてもいけない。真理は中道にある。安楽と放逸のなかにあって、人間はややもすれば頽廃(たいはい=風俗・気風がくずれ不健全になること)の思想を持つが、逆に度の過ぎた緊張の中では、人間のものの考え方は一徹・依怙地(いこじ=強情でがんこ)となる。かかる両極端に執着していては真理は得られない。真理は中道(ちゅうどう)にある。精神を張りつめることなく、しかも怠惰(たいだ)に流れることなく、ゆったりと大道を歩んでこそ、はじめて真理を見ることができる。」
「我は中道を行く!」
お釈迦様はそう決意しました。そう決意をして苦行を放棄しました。ニレンゼン河で埃(ほこり)まみれの身体を洗い浄め、折しも通りかかった村娘の献じる乳粥(ちちがゆ)を飲み干した彼は、静かに端座して体力の回復を待ちました。それから彼はブッタガヤ郊外に赴(おもむ)き、とある菩提樹(ぼだいじゅ)の下に静かに座して、悟りを求めて最後の禅定(ぜんじょう)に入りました。
それから間もなくお釈迦様は究極の真理を悟り得て、お釈迦様は仏陀(ぶっだ=悟れる人)となりました。時にお釈迦様30歳でありました。

何でも信じれば良いのか

その後80歳で入滅するまでの50年間、人々に悟りの法を教えるためにさまざまな教えを説きました。いわゆる、釈尊(しゃくそん=お釈迦様)一代五十年の説法といわれる八万四千の経々です。
これを仏教と申します。
このように、仏教は釈尊が説いたものだからどれでも同じだ、いや仏教でもキリスト教でも、神道でも、オームや創価学会のような新興宗教も、禅宗、浄土宗、真言宗、日蓮宗といった既成宗教も、宗教といえば何でも同じだ、どれを信仰してもよろしい、という人が世の中には多いのであります。では「鰯(いわし)の頭も信心から」といって「南無鰯(なむいわし)南無鰯」と毎日拝んでいたらどうなるでしょうか。
「南無」というのは古代インドの言葉・サンスクリット語の「ナーモ」で、これを仏教がシルクロードを経て中国へ伝わった時に、鳩摩羅什(くまらじゅう)という訳者が音訳して「南無」という字を当てました。サンスクリットの元の意味は「帰命する」「そのものの生命に帰ります」ということです。したがって「南無鰯」とは「鰯になり切ります。鰯と私は一体となって、鰯さん、私はあなたのお心を行います」ということになり、鰯を拝めば鰯と同じになるということなのです。
人間は万物の霊長なり、といって片一方でいばっていながら、蛇や狐や鰯を拝んで、それらの畜生と一体となってどうするのでしょう。だから何を拝んでも信仰は同じだという理論は暴論でありまして、まともな思考回路を持った者なら考えられないことなのです。これは皆、「一念三千の法門」という根本の理法が分からない、食わず嫌いの半可通(はんかつう=いいかげんな知識しかないのに通人ぶること)が、民主主義の一つ覚えよろしく「信教の自由」などと得意顔しているようなもので、まったくもってナンセンスです。

道の違い

ここに、山に登って名月を見たいという三人がいるとします。仮に一郎、二郎、三郎とします。
一郎は「このまっ直ぐの道を登れば、あの頂上へ一時間足らずで行ける、と山の道案内が云っていたではないか。道案内の云った通りこの道をまっ直ぐ登ろうよ」と言いました。ところが二郎は嘲笑して「道案内が何て言ったか知らないが、そんなまっ直ぐな道は面白くも何ともない。せっかく山を楽しみにきたのだから、こっとのお花畑が美しい、曲った細道を登ろうよ。どこを登ろうと自由だろう。何も道案内の言った道にこだわる必要はないだろう」と、一郎が引きとめるのも聞かず、一人さっさと花の咲き乱れた道を登って行きました。すると三郎も「まったく二郎の言うとおりだ。俺も道案内が何て言ったって、そんな味もそっけもない道なんかより、あの美しい泉のせせらぎが聞こえる別の道を行こう」と一郎、二郎と別れてさっさと別の道を行ってしまいました。
取り残された一郎が途方に暮れて佇(たたず)んでいるところへ、道案内が後から追いかけてきて、二人がいないのに気付くと「おやおや二人は?」と尋ねました。一郎が事の始終を話すと、道案内は「そうですか」と淋しそうに微笑んで、
「あまりにもこの道が嶮(けわ)しそうに見えるので、みんな間違った道へ行ってしまうんだよ。二郎の行った道は初めは平坦な道で美しい花や、泉があって歩きやすいようだが、だんだん行くうちに暗い暗い谷底に下る道となり、三郎の登った道はやがて毒蛇の住む沼のほとりに到る危険な道なんだ。谷底にも谷の流れに映る月は見られるだろう。沼のほとりにも、どろどろににごった沼の上に名月は映るだろう。でもそれは月の影にしか過ぎないんだ。一郎君、君は私の云った通りの道を、たとえ嶮しくてもまっ直ぐ登って行くといい。初めは暗い林が続くかも知れない、ふくろうが鳴いて君を驚かすかも知れない。でも私の言ったことを忘れないで、まっ直ぐ登りつめて行ってごらん。やがて平坦な広場に出て頂上へすぐ辿(たど)り着けるよ。その時、君はきっと、ああ、と思わず感嘆の声をあげて、頂上から見る景色の素晴らしさと、天上に輝く月が皓々(こうこう)と君を照らす神々(こうごう)しさに、君の胸は悦びにふるえるだろう」
と言いました。
一郎は道案内に礼を云って、言われた通りの道をまっ直ぐ、わき目もふらずに登って行きました。すべては道案内の言ったとおりでありました。彼は月光に全身ぬれながら歓喜して法悦(ほうえつ)にひたりました。
二郎と三郎の二人はその夜も、次の日もまた次の日も頂上に登り着くことはありませんでした。道案内の言ったように、沼に映る月を眺め、谷底に影を落とす月を見て満足して下山したのでしょうか。
この話のように、どの道も同じ頂上に到る道であるとはいえないのです。どの信仰をしても皆、最高の利益に到り、真の喜びを得ることができるのはとはいえないのであります。

宗派は別でも宗教の目的は同じなのだから、どの宗派でもよいのだ、と主張する人の中には、
「分け登る 麓(ふもと)の道は多けれど 同じ雲井の月をこそ見れ」
という歌を引き合いに出すことがありますが、これはあくまで一つの歌に過ぎないのでありまして、実際は同じ麓の道でも一つは他の嶺(みね)に至るもの、別な道は山を目指しながら山でなく池へ向かう道であるかもしれません。なかには命を落とすような危険な谷に通じている道であるかもしれないのです。だから歌や諺(ことわざ)にあるからといって、それを証拠に宗教を論ずることは的外れといえます。

方便と真実の教え

各宗教の教義を見ると、教主も本尊も修行も、それぞれまったく異なっています。
キリスト教はイエスキリストによって神(ゴッド)が説かれ、バイブルを経典としておりますし、イスラム教はマホメットによってアラーの神への帰依(きえ)が説かれ、コーランを所依(しょえ)の経典としています。また中国の儒教(じゅきょう)は孔子(こうし)によって道徳が説かれており、仏教は釈尊によって「三世の因果律」という正当な原理を根本として、人間の生命とその救済が説かれています。

仏教は「因縁教(いんねんきょう)」「因果教」ともいわれ、厳然たる原因結果の法則を説かれたもので、決して夢物語のような創りごとを説いたものではない、極めて論理的な教えであります。
そして、この同じ仏教の中でも小乗教(しょうじょうきょう)という低い教えは、劣等身(れっとうじん)という仏を教主として戒律(かいりつ)を説き、一切の煩悩(ぼんのう)を断じ尽くした阿羅漢(あらかん)という聖者になることを目的としています。
これに対して、大乗教という高い教えの中でも、華厳経を所依とする華厳宗、方等部から発した真言宗・浄土宗・禅宗など、さらに般若部(はんにゃぶ)の教理に基づく三論宗など、経典がそれぞれ違うため、当然教義や修行のあり方、目的、教主がすべて異なっているのであります。
そして釈尊(しゃくそん=お釈迦様)50年の説法で、最後の結論として説かれた法華経(ほけきょう)は、今までの42年間の教えの総決算ともいうべき最高の教えであり、それまでの教えとは比較にならないほど深遠(じんのん)な教理と偉大な仏の利益、そして真実の仏身が説き現わされたものであります。 その目的も、今までの経教では、三乗、すなわち声聞(しょうもん)を目的とする者、縁覚(えんがく)を目的とする者、菩薩(ぼさつ)になることを目指す者をそれぞれ認めて、それに見合った教義と修行を別々に説いていたのでありますが、法華経に至ると「今までの三乗を目的とする教えは方便であり仮のものなので、すべてこれを捨てなさい、信じてはならない」と釈尊自らが戒められ、「法華経のみが一仏乗、すなわちすべての人が仏の境界(きょうがい)に至る最高の教えであるから、これよりはこの法華経のみを信じていきなさい」と説かれたのです。これが経文の「正直捨方便(しょうじきしゃほうべん)但説無上道(たんせつむじょうどう)」で、「正直に方便を捨て、ただ無上道(最高の教え)を説く」ということです。

どんな立派な教えであっても、これを聞く側、受け入れる側の大衆の根性、器がそれにふさわしくなければ聞く耳を持ってもらえません。そこで釈尊は、例えば幼稚園の生徒にいきなり大学の教科を教えても分かりませんので、まず幼稚な分りやすい教えを聞かせて、素直にその教えに入ることができるように慣らして、これが慣れたところで次に小学生には小学生、中学生には中学生、高校生には高校生と、その器に合わせて法門を説き、最後には大学生の最高の教えを、皆一同に教えようとしたのであります。
この、最初の分かりやすい教えを「方便の教え」といい、最後の法華経を「唯有一仏乗(ゆいういちぶつじょう)の真実の教え」といいます。

随他意と随自意

人はそれぞれ悩みを持っていれば、まずその悩みを聞いてそれに応える形の教えであれば、誰でも聞き入れやすくなります。病気の人、貧乏で苦しんでいる人、それぞれの人の器に合わせて法門を説けば、人は理解しやすいのです。そうした法門を、仏様が他の人々それぞれの意に随(したが)って説くので、方便の教えを「随他意(ずいたい)の法門」と申します。
これは、最初から難しい高尚(こうしょう)な最高の法門を説いても拒否反応を示すだけであろうと慮(おもんぱか)って説いた、やさしい耳ざわりのよい法門でありますから、人々はこれに飛びつきました。そしてこれで満足してしまって、「それ以上の高い教えがまだ外にある。仏様は実はその最も高い教えをこそ説くためにこの世に生れてきたのだ」と教えられても、今のままで充分だからもういいといって、低い教えで満足しているのが爾前迹門(にぜんしゃくもん)の方便の教えで、これに属するのが念仏宗、禅宗、真言宗等々多くの仏教宗派であります。

これに対して、余命いくばくもないと悟られた仏様が72歳になった時、
「これから説く教えこそが仏の出世の本懐(しゅっせのほんがい=仏様がこの世に出現された究極の目的)を果たすための最高の教えであるが、これは究極の悟りの教えであるから、一般大衆の器に随って説いた今までの教えにこだわっていてはなかなか受け入れられない難しい法門である。だから今までの仮の教えは全部思い切りよく正直に捨てなさい。そしてこれから説く教えだけをしっかり聞き入れなさい」
と言って説かれたのが法華経であります。
これは仏様自身の意に随って、他の人が理解しようがしまいが、出世の本懐として最後に説いて涅槃(ねはん)した教えでありますので、これを「随自意(ずいじい)の法門」と申します。これは難解難入(なんげなんにゅう=理解しがたく入りがたい)の教えであります。

五時の説教

そしてこの法華経を説くのに8年間を費されて、すべて説き終わり、いよいよ入滅の直前になお一日一夜、法華経で取りこぼした落ち穂(おちぼ)を拾うように説かれたのが涅槃経(ねはんぎょう)です。それゆえにこの涅槃経のことを「落穂拾いの教」ともいい、これは「法華・涅槃時」として一つの時に説かれた教えとされています。
このように中国の天台大師が釈尊一代50年の説法を深く検討して、その内容から説法の時期を「華厳(けごん)時」「阿含(あごん)時」「方等(ほうどう)時」「般若(はんにゃ)時」「法華・涅槃時」の5つに区分して、浅い教えより深い教えに至る由以(ゆえん)を明かしました。これを「五時の説教」と申します。
この五時の説教の中で「般若時」と「方等時」に説かれた教えは大乗教であり、一応高い、深い教えでありますが、この段階では未だ釈尊が久遠(くおん)の仏であることを明さず、人生の目的は三乗(声聞・縁覚・菩薩)にあるとして、真実を示さない仮の教えでありました。
釈尊は最後に第五時の法華経を説くために、その序章として説かれた無量義経(むりょうぎきょう)というお経の中で、「仏の眼(まなこ)をもって衆生の根性を見るに、人々は種々様々の心根だったので、まずそれを調える為に種々の方便の力を用いたり、仮の法を説いたのである」
と説明し、
「四十余年には未だ真実を顕(あらわ)わさず」(開結88ページ)
と説いています。そして法華経8年間の説法で初めて真実の教えとして、いかなる人もその身のままで仏の境界に至る「一仏乗の法」を説きあらわしたのであります。

現在、東大寺を本山とする華厳宗は「第一華厳時」の教義を所依(しょえ)とし、タイやミャンマーなどに残っている戒律仏教や律宗などは「第二阿含時」の経典を教義としています。また我が国になじみの多い浄土宗や禅宗、真言宗、法相宗等は「第三方等時」の経典からそれぞれの宗義を立てており、天台宗や日蓮宗各派のように「第五法華・涅槃時」の法華経を依経(えきょう)としていても、迹門(しゃくもん)の観念的教理を中心として宗義を立てる等、いずれの宗派も、末法という現在私たちが生きている時代に適した究極の教えである「法華経本門」の法を依経としておりません。

法華経本門の教えとは、釈尊が久遠(くおん)という遠い遠い昔に成仏するために修行した根本の原因となる一法であり、それは日蓮大聖人が唱えあらわされた南無妙法蓮華経という、釈尊の説かれた究極の法華経の、文(もん)の底に秘し沈めて説かれた、最極究竟(さいごくくきょう)の真実の教えであります。
このように同じ仏教といっても、教義の内容や目的、そして修行もまったく違うのでありますから、「信じる心が尊いのであって何を信じても良い」という考えは誤りであることに気づき、仏の本意に基(もとづ)く真実最高の教えに帰依しなければ、真の幸福な境界はもたらされないことを知るべきであります。
仏様が何のために教えを説いたのか。それは経文に「如我等無異(にょがとうむい)」と説かれているように、「我(仏様)が如(ごと)く等しくして異なりあること無からしめん」、つまり「仏様は皆を自分とどこも違わない、まったく同じ仏にする」ために教えを説かれたのです。

真実の幸福とは

仏法では、本当の人間の幸せというのは「仏様の境界(きょうがい)を得ることである」と説かれています。これを「成仏」と申します。
世の中には幸せのバロメーターを「お金が欲しい、お金さえあれば幸せだ」、あるいは「健康でさえあれば何もいらない。これが幸せなのだ」、あるいは「名誉や地位さえあれば満足だ」と何か勘違いしていろいろ幸せについて考えておりますが、「真の幸せということはそんな偏頗(へんぱ)なものではない」と説くのが日蓮大聖人様の仏法であります。
すなわち仏になるということは、自分の欲しいままに自在に生きていくことのできる境界で、しかもそれが他人の犠牲の上に築かれる幸せでなくて、他人とともに、一切衆生とともに自在無礙(じざいむげ)に生きることができる境界のことです。衆生をその仏にするために、釈尊は50年の説法を設けて八万四千の法門を説かれたのであり、その50年の説法の結論としての法華経だけが、私どもを真に幸せにしてくれる教えなのであります。
法華経の力、教えの内容は、阿含宗や念仏の阿弥陀経とはまったく桁(けた)違いの有難い法門であり、高さで言えば法華経は東京タワーのようなもので、華厳経や阿弥陀経、大日経、般若心経等は蟻塚のようなものであります。
日蓮大聖人は、
「海にあらざればわかめなし、山にあらざればくさびらなし。法華経にあらざれば仏になる道なかりける」(御書1197ページ)
と仰(おお)せられ、法華経しか仏になる道はない、その法華経の真髄(しんずい)が南無妙法蓮華経であると説かれています。そしてその南無妙法蓮華経を信ずるならば「祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなし」と、本当に自分が思い通りの境界を生きていくことができると御教示くださっています。
そして日蓮大聖人は私どもに対し、「この最高の南無妙法蓮華経の宝を積みなさい。必ず幸せになれますよ」と、あの本門戒壇(ほんもんかいだん)の大御本尊様を顕(あらわ)してくださったのであります。

強き信心で潤いのある人生を

しかし、問題は私どもにあります。私どもが本当にどこまでこの御本尊を信じ切れるか、どこまで御本仏様の教えのままに信行できるかです。その修行は釈尊が行じたような難行苦行ではなく、ただ自行化他(じぎょうけた)にわたって南無妙法蓮華経とお題目を唱えていく。その心に、身に、口に偽(いつわ)りなく素直に信じ切って唱えていく。それだけで仏様と同じ境界になれるのですから、こんな有難いことはありません。

しかしいくら最高の御本尊様があっても、信じる私どもの気持ちが弱ければ、それだけの結果しか出ません。これが因果の道理であります。
日蓮大聖人は、
「日蓮がとがにあらず」(御書1520ページ)
「信心の厚薄によるべきなり」(御書1388ページ)
「立願(りゅうがん)(中略)叶い叶わぬは御信心により候」(御書1519ページ)

とはっきりと仰せであります。
天台大師の仏法は、自分の力で仏界を湧現(ゆげん)、つまり成仏するのですが、日蓮大聖人の仏法は、御本尊の徳用(とくゆう=お力)によって仏界を湧現するのであります。したがってたとえ発心(ほっしん)が真実ならず、信心が本物でなかったとしても、正しい境(御本尊)を拝めば功徳があるのです。逆に間違った境(ニセ本尊等、謗法<ほうぼう>の本尊)を拝めば、たとえ信ずる心に偽妄(ぎもう)がなくても成仏の種とはなりません。
したがって、すべからく正しい御本尊をつかんで信心修行に励むことが肝要であります。
日蓮大聖人は『崇峻天皇御書(すしゅんてんのうごしょ)』に、
「蔵の財(たから)よりも身の財すぐれたり。身の財よりも心の財第一なり。この御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし」(御書1173ページ)
と仰せであります。過去・現在・未来の三世にわたって益(やく)をもたらす仏法は、日蓮大聖人様の教え以外にはありません。

現世一旦(げんぜいったん)の財産を百千万積む功徳より、健全な肉体を誇る功徳より、六根清浄なる生命をもって金剛不変(こんごうふへん)の心の財を積んで三世にわたる幸せ、潤いのある人生を築いていただけることを祈念申し上げ、本日の法施(ほうせ)に代える次第でございます。
(平成12年4月4日 於:仏教セミナー)

〜大乗山 持経寺住職  丸岡雄道・著『持経寺布教叢書(一)心の財を積んで 潤いのある人生を』より
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